第85回多言語社会研究会例会のお知らせ
日時:2021年4月24日(土)14:00-18:00
場所:Zoom にて開催します。
参加費:無料
報告者1 :藤井碧(京都大学大学院 人間・環境学研究科)
「多言語国家の言語教育観―スイスにおける第二国語教育の発展過程から」
本発表では、スイスにおける1970年代から1990年代までの「第二国語」の教育制度の発展過程を通して、多言語国家における言語教育政策の特徴を考察する。
スイスの連邦憲法はドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語に法的な地位を認め、各州は四言語のうち一言語ないしは複数言語を公用語と定めている。「第二国語」とは、当該州の公用語でない国語を指すもので、スイスでは1975年から第二国語の早期教育が制度化された。近年は、英語教育への関心の高まりや、学習負担への批判から、この第二国語教育の意義が見直されている。
本発表ではまず、1975年前後の制度改革の背景と、この政策アクターである、教育局長会議、教師連盟、また欧州評議会における議論の過程を取りあげる。次に、1975年以降、第二国語教育制度が各地域において定着するまでの過程をたどる。ここで発表者は、第二国語教育が、フランス語圏におけるドイツ語教育、ドイツ語圏におけるフランス語教育として実践される点に着目する。この観点をとることにより、政策アクターがそれぞれの言語や言語学習に関する社会的表象に働きかけようと議論する中で発展した言語教育観と、現在の言語教育政策の特徴との連続性が明らかになる。
報告者2:藤田護(慶應義塾大学)
「南米アンデスの近年の映画作品における先住民言語のプレゼンスの増大」
19世紀前半にラテンアメリカ諸国が独立して以降、各国が国民国家形成を目指すなかで、この地域の先住民言語は植民地期以上に追いつめられるようになり、20世紀には話者数の多い先住民言語も急速にその話者数を減らした。しかし、アンデス高地のアイマラ語とケチュア語については、20世紀後半に入るとそれに抗う動きが見られるようになり、近年の国勢調査にもとづくと話者の絶対数は増加していることが確認でき、また同時期に公共の場におけるこれらの言語の存在感も増大してきたように思われる。このような状況の下で、アイマラ語とケチュア語に重要な役割を与えつつ、国際映画祭で高く評価される映画作品が複数現れてきた。本報告では、そのようなケチュア語の映画3本――『マディヌーサ』(2006年)、『哀しみのミルク』(2009年)、『レタブロ(箱型祭壇)』(2017年)――と、アイマラ語の映画2本――『ソナ・スール』(2009年)、『ウィニャイパチャ』(2017年)――をとりあげ、その幾つかの具体的な場面を詳細に検討することで、どのような言語の動態がそこに見いだされ、それが映画のどのような解釈を可能にするのかを探求する。そこでは、先住民言語の新たな動態を慎重に評価しつつも、従来からアンデス地域研究が指摘し続けてきた社会政治的問題が、そこにあり続けていることを指摘することにもなるであろう。